いつもお世話になっております。
本店店長の上田です。
台風の季節も終わり、秋を迎える頃になりました。
今回は京都市山科区勧修寺東栗栖町にお墓があるとされている、
平安初期の武将、坂上田村麻呂(758~811)について
お話しさせて頂きます。
坂上田村麻呂は、桓武天皇から征夷大将軍に任命され、
蝦夷討伐で活躍したほか、清水寺(京都市東山区)の建立で
知られている人物です。
この坂上田村麻呂のお話をさせて頂きますきっかけは、
私が通勤で利用しています、
国道一号線の大津横木1丁目にある、
井筒八ッ橋追分店の駐車場に大型クレーンが
止まっており、次の日には立派な石像が据わっていたことです。
その時は「なんだろう」と思っていました。
次の日日課である朝刊チェックをしている時に、
真相がわかりました。
平成28年10月7日付の京都新聞に載っていました。
新聞によると、京滋の企業家や社寺関係の有志で作る
グループが石像を建立したそうです。

石材は中国から調達し、一枚のみかげから彫った石像としては、
「国内最大級」だそうで、同業者としてはとても気になります。
翌日に、とても気になったので井筒八ッ橋追分店にお邪魔し、
石像を見学させて頂きました。
新聞に書いてあった通り、とても大きな一枚ものの石像でした。
とても気になったので、弊社墓石センターの近くにある、
坂上田村麻呂の墓とされている遺跡が有るので、
行ってまいりました。



遺跡には説明碑があり、平成建都1,100記念事業にて
整備したことが記載されてあり、身近に歴史を感じることが出来ました。
近くにいても知らないことが多々あり、まだまだ勉強することが有るなと、認識しました。
今後も、津転移周りに興味を持って、
仕事・生活に生かしていきたいと思っております。
では、このあたりで失礼いたします。
